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新型宇宙船 [宇宙のこと]

ここのところ僕はタツオ君にインプラントを埋め込むので忙しかった。
あれはもう一か月以上も前になるが、故郷のチームメイト、ロザリオが連絡してきた。

「君のタツオ君だが、そろそろあれを使わせてもいいだろう。」
僕は瞬時に「あれ」が何を意味しているかがわかった。
「マーカバか。」
「そうだ。彼ももう最近の苦しみから、多くを学んだころだ。」
「もうそれは、そばで見ていられないくらいだ。」
「マーカバの原型を送るが、その前に何度か下地作りのために立体をいくつか埋め込まなければならない。埋め込む時はかなり苦しむが、これをしないとマーカバを動かせない。」
「タツオ君は埋め込みに気づくだろうか?」
「最初は金縛りだと思うだろう。最後にマーカバを埋め込んだらタネあかしをすればいい。」
「わかった、立体キットが届き次第、始める。」
「地球はどうだ?」
「悪くないが、故郷の波動を忘れて、地球猫になってしまいそうだ。」
「はは。せいぜい車に轢かれないように。」

それから僕は数日おきに、夜タツオ君が寝込むと、「立体」とよばれるインプラントのキットをひとつずつ埋め込んだ。タツオ君はひどくうなされて、毎回「やめろっ!!」と大声で叫んで眼をあけた。僕は寝たふりをして、さもタツオ君の叫び声で驚いて目をさましたように言った。

「どうした?」
「幽霊だ。僕の胸をぎゅうぎゅう押すんだ。息ができないみたいですごく苦しい。こういうのを地球では金縛りって言うんだ。いったい何の霊なんだ?」
「疲れているな。会社を休めたらいいのにな。」
「うなされて何度も君の名を呼んだのに、なぜ起こしてくれない?」
「声になっていなかったぞ。それに、僕も地球に暮らす以上は睡眠が必要なんだ。」

そんな夜が断続的に、およそ一か月も続いた。
そして最後の立体、「マーカバ」が埋め込まれた。

マーカバとは大昔より、覚醒者が意識を乗せて宇宙の至る所を飛行するための、意思を持った乗り物だ。もともとは単なるシンプルな立体図形にすぎないが、大変な力をもった形体で、最新型の宇宙船でも、これが原型となっている。タツオくんには今回、マーカバの原型を埋め込む前に、いくつもの立体を埋め込んだが、それはマーカバを動かすのに必要な概念の不足を補う意味があったのだ。

そして2月20日の午前2時ごろ、タツオ君は自分の中にあるマーカバの原型に遭遇した。タツオ君はそれがマーカバだとは知らなかったが、マーカバのほうからタツオ君にアクセスし、タツオ君に最適な形に変形すると、タツオ君を乗せて寝室の中をふわふわと移動した。タツオ君はまだ慣れていないので、試運転程度で怖くなり、マーカバから降りてしまったが、今後の練習次第で、意識を保ったまま、さまざまな宇宙を旅することになるだろう。

タツオ君のマーカバの名は「144面体」だ。マーカバの基本機能に加えて、136の方向にある時空間に瞬時にアクセスし、情報を得ることができる。また瞬時に移動できる。目的地を見失いやすい初心者にはピッタリの、ナビ付き新型宇宙船の誕生というわけだ。しかしタツオ君の最初の操縦を見ていると、使いこなすのにはまだまだ時間がかかりそうだが…。

とりあえず、ご苦労さま。タツオ君。
このブログを読んで、勝手にインプラントを埋め込んだことを怒らないでくれたまえ。
僕らのプレゼントには、苦痛がともなうのだ。
しかし、「幽霊だ」はケッサクだったよ。

タツオ君の新たな出発を祝うように、庭一面を真っ白な雪がおおっていた。
タツオ君は久しぶりに、元気な顔で出かけて行った。



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