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暗黒の二年間 18 [音楽]

その朝タツオ君たちが車で出かけるのを見送って、僕は研究所の窓からマコさんが洗濯ものを干すのを眺めていたが、どうも落ち着かない気分だった。



「マコさん、何か知っているの?」
僕は先だってから気になっていることを尋ねてみた。
「ん?何が?」
マコさんは洗濯ものを干す手をとめることなく、別段意に関せずといように聞き返してくる。
「いや、今回タツオ君がその…めずらしく子供たちを遊びに連れてゆくなんて…」
「別に何も。あの人のやることも、考えることも私にはまったく理解できないわ。突然突拍子もないことをするのも、もう、『ああ、そういう人なんだっけ』ってあきらめてる…。
今回のことにしたって、『なぜ』なんて考えても無駄なのよ。もともと私とはまったく違う頭の構造をしているんだから…」
そう言ってマコさんは笑った。そして何かが腑に落ちない、というように聞き返してきた。
「何か?何か特別な理由でもあったの?」
藪蛇だった。少しあわてたが、その場を取り繕うことにした。
「いや、その…、僕もなぜ急にタツオ君が洞窟なんて言い出したのかと、不思議だったんだ。マコさんははじめから行かないなんて言ってるから、それも何故かな?って思っていたんだけど」
「いやね。心配してくれてたの?」
「まあそういうわけでもないんだけど…」
マコさんはひとしきり僕の瞳をのぞきこんでから、言った。
「こわいのよ、わたし」
僕は思わずひげをピクリと逆立てた。
「あの人の楽しそうにするところを見るのも、隠れてふさぎこんでいる様子を察するのも…。いいえ、それ自体がこわいのではなくて、それが一体何の理由でそうなのか、まったく私にはわからないということが…。すごく、すごくこわいの…。ピーチ、あなたの方がタツオさんのことはよくわかってるのではなくて?」

何と答えてよいかわからなかった。

ただし普遍的な事実がある。
「人は、進化した存在を恐怖する」
ロザリオから叩き込まれた言葉だ…。

タツオ君の記憶が僕の中で反芻される…。
中学校の教室だ…ひどい集団的いじめにあっている。何をしでかしたわけでもない。ろくに勉強もせずに常にトップの成績をとり、周囲の一切となじまず、距離をおいている異質な存在が、ただ目ざわりなのだ…。弱点をさらしてやれ、あいつも普通の人間なんだってことを証明してやる…。言葉と拳による暴力と辱め…。タツオ君が声を殺して泣いている…。

僕はこの残酷な場面を決して忘れることが出来ずにいる。なぜならこの時こそが、タツオ君とのコンタクトが成立した最初の瞬間でもあったからだ。

暴力は決して肯定できない。しかし現在という地球年代は暴力に満ちている…。
そして必ず、暴力の深井戸の底から再生する者が現われることになっている…。
人はそこに輝きを見、ある人はそれを、泥沼に咲く蓮の花、と譬えた。

ずいぶん昔のことではある。

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haku

タツオ君、そんな過去があったんですね...
その経験が現在への伏線となってるんですね...
by haku (2011-08-10 09:37) 

peach

★hakuさんありがとうございます。
悲しい話続きで、ここへ寄るとテンション下がるかも
知れないというのに、いつもホントにありがとうございます。
ただ、僕は不幸な社会的現実をフィクション中にあえて提示することで、
少しでも、暴力や愛なき行為を指摘・糾弾したいという考えを
持っているのです。
by peach (2011-08-10 16:57) 

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