SSブログ

暗黒の二年間 19 [音楽]

夏休みに子供を遊びに連れてゆくと言うと、普通ならどんな近場でも遊戯施設を選ぶのが親というものだろうと思うが、鍾乳洞などという、子供たちがその名前さえ知らないような場所へ連れてゆこうというのも、タツオ君の変わったところだ。
しかし子供たちもまんざらでもない様子だ。あるいはこの二人の姉弟は、お互いがそこにいればそれだけで楽しいのかもしれない。実際サトくんなどは、サキちゃんが行くところにならどこにでもついて行った。そして二人が一緒だとこれがまたひときわ騒々しいのだが、今日はタツオ君も車を運転しながら、一緒になって騒いでいた。そして上野村へ着くとまず車内で、買ってきておいたコンビニのおにぎりなどを食べて腹ごしらえを終えてから、洞窟探検へと出発した。



折よくガイドによる案内時間に間に合って、三人は説明を聞きながら歩みを進めてゆくことができた。しかし鍾乳洞の入り口までは坂道を驚くほど登らされ、「洞窟は一体どこなの?」といらつくような小声でサキちゃんが問いかけたほどだ。しかしその時ガイドの人が言った。
「はい、みなさん入口に到着しました。これから洞内を探索してまいります」
見ると人工的トンネルの入り口があり、上部に「不二洞」と書いてある。立派なものだ。重々しい扉が開くと、中からすさまじい冷風が吹き寄せてきた。
「涼しい!!」訪れた他の観光客たちも、例外なく口ぐちにそういって洞内に入って行った。
「会社の冷蔵庫ぐらい涼しいな。こりゃ寒くなるぞ。サト、もう上を着ておきな」そう言ってタツオ君はサトくんに薄手の子供用カーディガンを着せてあげた。
「サキ、お前も着ておけ」サキちゃんにもそう言ったが、サキちゃんは「まだ寒くないからいい」といって、歩き続けた。来年中学生なのだ。もう世話を焼く歳でもなかった。
コンクリートの人口トンネルはすぐに終わり、じめじめとした、鍾乳石の岩壁が始まった。
車の中でお化けだとかガイコツだとか、冗談を言ったのが効いているらしく、サトくんは長いらせん階段を下ってゆく時、本気で怯えていた。こちらは小学二年生、それもとびきりのチビすけときている。無理もないのか…。

そして、さすがに関東最大級というだけのことはある。洞内はうねうねと曲がりくねり、蟻の巣のように複雑に、かつ広大に広がっているのだった。「ディセント」という、地底生物を扱った、実に怖いと名高い映画があったが、ここも随所に連なる電球がなければ真の暗闇だ。そんなところに一人取り残されたら…と思うとタツオ君も少し恐ろしい気持ちになった。また、未探検の穴も多数あり、それらを進んで行ったらどこでどう行き詰まってしまうのだろうという、閉所恐怖的な幻想も、終始タツオ君をとらえて離さなかったのだ。

閉所恐怖といえば、余談になるが、タツオ君はお母さんの産道を通って生まれてくるときの記憶を鮮明に持っている。これは地球人の中でも珍しいケースだろうと思う。子宮から出てゆくのはとてもつらかったが、そのまま居残れば死ぬこともちゃんと分かっていたという。それでいやいや産道をかき分けるようにして進むのだが、息苦しく死ぬほどの思いなのだそうだ。自力で明りの差す方へ進もうとするのだが、力尽きそうになる。そしてそのたびにお母さんがいきむので、半ば自動的に押し出されるようにして生まれることが出来たのだという。それは本当に九死に一生を得るような安堵の瞬間だったという。
「だから俺は生まれた時から母親の有難味を知っていたんだ」
そうタツオ君が言っていた日のことを思いだす。
「出産は母と子の初めての共同作業なんだ…」と。

上り下りの激しい洞内を歩きながら、結局暑いと言ってサトくんはカーディガンを脱いで小さなショルダーバッグにしまってしまった。確かに良い運動ではある。サキちゃんはガイドの説明が退屈だと言って、先に行こうと言いだした。たしかに、昔一人の僧侶が、大飢饉を救おうとして一人洞内に籠り、命を賭して祈りを捧げた、などという話は、現代の子供にピンと来るものではなかったろう。だが、せっかくガイドさんのいる時間帯に当たったのだからと、タツオ君はサキちゃんをなだめた。

一行は、洞内名所といわれる鍾乳石の数々や、叩くとさまざまな音階の音がする、楽器のような鍾乳石群、空の見える空穴(そらあな)などを過ぎ、ゆっくりと時間をかけて出口へと向かっていった。



nice!(12)  コメント(6) 
共通テーマ:音楽

nice! 12

コメント 6

kawasemi

nice&コメントありがとうございました。
東京の猛暑、もう灼熱の日々が続いています。
水分補給で熱中症に注意しましょう。
とんぼ玉、最終日を迎えました。
次は金工をはじめます。
by kawasemi (2011-08-11 09:07) 

peach

★kawasemiさんありがとうございます。
ホントに暑い日が続くようになりました。
金工楽しみですね!
by peach (2011-08-11 10:10) 

haku

なるほど、母と子の共同作業!
そんなこと今まで考えた事ありませんでした...
母親だけが苦しんでいたのかと思ってました ^^;
by haku (2011-08-11 16:59) 

peach

★hakuさんありがとうございます。
一説に、子供は両親を選んで生まれてくるとも言います。
そう考えると、自分の今生きている環境全てに何らかの
必然的な意味があると思えてきませんか?
by peach (2011-08-11 23:36) 

ikuko

シンプリーレッド!!
なつかしいー。
この曲、大好きでしたよー。
by ikuko (2011-08-12 20:49) 

peach

★ikukoさんありがとうございます。
どうしてこんないい曲が生まれたんでしょうね。
僕にとっては今もスタンダードです。
by peach (2011-08-13 04:58) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

暗黒の二年間 18暗黒の二年間 20 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。