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暗黒の二年間 28 [音楽]

「これは?」高倉さんが聞いてきた。
「僕が描きました」僕たちは静かに言った。
「これらを!?あなたが?」高倉さんの表情が驚きに変わってゆくのが見えた。
「ええ…いつか僕も一人で仕事がしたいと思っている口なのです」
「ううむ…」高倉さんは何度も唸るような声を発しながら、ランダムに撮影された作品に見入っていた。
「使い道のない絵なのです」
沈黙に耐えられなくなった僕たちが、思わずそうつぶやいた時だった。



「これは…、これは実に、お世辞抜きで素晴らしい作品です」
真顔で言う高倉さんの顔を見ながら、どうも氏が真剣に言ってるらしい、と僕たちは判断した。
「ありがとうございます、二十代の前半に数回開いた個展以来、一切発表という発表をしてこなかったものですから、そう言っていただけると光栄だな」
そう言いながらも、僕たちは心底うれしかった。今日ここへ来てよかった、そう思った。ところが話はそれで終わらなかったのだ。
「いや、すぐに描いてもらいたいものがあるのです」
これは予想だにしない展開だった。
「本当ですか?」驚きを声にするように僕たちは言った。もう披露宴などそっちのけで、高倉さんと僕たちは、現在高倉さんが手がけている本の、表紙絵の打ち合わせに入ってしまったのだ。結局近々にラフをメールすることになり、僕らは高倉さんのメールアドレスの入った名刺を一枚もらった。
その後も話は画家や出版業界の話など、尽きることなく、宴はあっという間のお開きとなった。僕たちは何の拍手だかも忘れて、ただ周りに合わせて手を叩いていた。

「イラストレーターをだれにするかで行き詰まっていたところだったので、今日は会えて本当によかったです」高倉さんが言った。
「いえ、こちらこそです。充分な納期を頂けましたが、僕にとっても久しぶりの仕事ですし、ラフは早めに送りますので、いろいろ注文をつけてもらえたらと思います」
「ではメール待ってますから」
そう言って高倉さんは一足先に会場を後にした。

こうして僕たちのイラストレーターとしての仕事が始まった。しかしそれはタツオ君にとっても、そして僕にとっても、単なる副業以上の重みを持っていたと同時に、その後の長期計画への幕開けともなる重要な仕事だったのである。


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haku

新たな展開♪
また楽しみが増えてきました!
高倉さんに見せたの、どんなイラストだったんでしょうかね?! ^ー^
by haku (2011-08-30 11:59) 

peach

★hakuさん、ありがとうございます。
これからサクサクと行ってくれるといいんですけどね~笑。
タツオ君のかつてのイラストの一部はカテゴリ「絵画作品紹介」から
見ることが出来ます。よろしかったらお願いします。
by peach (2011-08-30 22:49) 

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