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暗黒の二年間 39 [音楽]

「さあどうぞ、奥さんも。お掛けになって。今日はリラックスして下さい。いくつか質問させて頂きます。思いつくままにお答えになっていただければよいので、よろしいでしょうか?」
「はい」僕たちは答えた。心療内科の医師は中性的で優しい顔立ちをした、若い男の先生だった。どことなくタツオ君を思わせるところがないでもなかった。
「分からないところは奥さんにも質問させて頂きますね」
「はい、宜しくお願いします」マコさんも恭しく答えた。
医師はカルテにボールペンを突き立て、次のような質問をしてきた。



「では、まず症状の確認から参ります。少し変だなと思われたのはいつが最初ですか?」
「僕は先週こちらへお世話になる前の日なんですけど、家内はもっと前に気付いています」
「なるほど。奥さんがそれに気がついたのはいつが最初でしたか?」
「そうですね…それよりさらに一週間ぐらい前だったでしょうか」マコさんが答えた。
「すると約二週間前ですね」
「そうなりますね、それも朝でした。」
「ふむ。その時、ご主人のどんなところが、その…ちょっと変だなと感じましたか?」
「ええ、あの時は…寝室の方から大声で主人が何か叫んでいるので行ってみたら…、鼻血を出してたんです。箪笥に顔をぶつけたんでしょうけれども、それも本人が覚えていなくて」
「ええ」医師は相槌を打つ。
「…それで、自分の名前を呼んでいるんですよ、まるで別人になったみたいにして。しゃべり方も変でした、良く口が回ってないような…でも確かにあのとき、タツオ君、タツオ君って叫んでいたんです」
「ご主人のお名前ですよね」
「ええ。聞き間違いではないと思うんです。というのもその後で私に面と向かって言ったんですから」
「何と?」
「マコさん、タツオ君が、タツオ君がって言って…慌てているんです」
「はい」
「それで、普段私のことは呼び捨てなのに「さん」付けで呼ぶのもおかしいし、私言ったんですよ、『タツオさんはあなたでしょう』って」
「それでその後ご主人は何か言いましたか?」
「いいえ…うわごとみたいに何か言っているようでしたけど…鼻血もかなり酷かったので横にならせているうちに、また眠っちゃったんですね。それでその日の夕方まで眠って、起きたと思ったら、朝のことを全然覚えてなくて…」
「その時は普通の、いつものご主人でしたか?」
「そうですね、記憶をなくしている他は、いつもの主人でした」
医師は一呼吸おいてから、僕らの方に向き直った。
「ご主人に伺います。ご主人は今奥さんが言われたことで何か覚えていることがありますか?」
「いえ、それが…ありません」
「いつから記憶にありますか?」
「夕方目が覚めたときです。徹夜したとはいえ、随分眠っちゃったな、とその時思いました。こいつが来て変なことを言うもんだから、鼻を触ってみると、本当に鼻血のあとがあって、額のあたりがすごく痛かったんで、確かにどこかにぶつけたんでしょうけど、何も覚えていないんで、びっくりしたというか…」
「ええ。それで…、ご主人が、ご自身で変だなと気付いたのは?」
「自分では気付けなかったと思います。その…会社でみんなに記憶をなくしていると言われて、その時はそんな筈はないと言い張ったんですが、家内の言ったようなことを思い出して…まあ、これは少し変なのかな…と」
「なるほど」
医師は素早くカルテに何かを書いていたが、それは僕たちの読める代物ではなかった。
そして医師の質問はなおも続いた…。

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DEBDYLAN

イイ曲ですね。
ニールが南部を歌うと重苦しくなるけど、
「SOUTHERN MAN」とか・・・
僕は好きです。

でも南部も大好きなんです。

by DEBDYLAN (2011-09-09 23:04) 

peach

★DEBDYLANさん、ありがとうございます。
そうですね~。ニールは轟音演奏とは裏腹に歌詞は重く繊細ですよね。
Alabamaは一種プロテスト入ってますけど、何か広大な大地を
思わせる独特のアレンジに引き込まれてしまいます。
いい音楽って、独自の空間を作り出しますよね。
by peach (2011-09-09 23:51) 

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