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暗黒の二年間 42 [音楽]

せめてもう一度僕が表に出ていたなら、必ずタツオ君の目につくよう、メモを残していたことだろう。「君は病気ではない」そう、せめて一言だけでも…。
ところが運命はそのようにならなかったのだ。



その晩、タツオ君は処方された白い錠剤を服用した。心療内科がよこす薬と言えばそのほとんどが劇薬に相当するが、これもまた例外ではなかった。アルコールや過度の喫煙、強い薬物が、肉体と魂との接続部分に強度のダメージを与えるという事実を、僕はタツオ君に説明しておかなかった。タツオ君はまず非合法のドラッグに関わるようなことはない人だったし、僕自身まさかこんなことになるとは思ってもみなかったからだ。タツオ君もこのような薬が、本来の健全な霊的成長にはプラスにならないことは感じていたものの、服用することによって、日々の暮らしが楽になるかもしれない…、そういった楽観的な希望に安易に身を委ねてしまったことも事実なのだ…。

そして数時間後、タツオ君が眠りについたころには、僕たちの計画の全ては終わっていたのだ。僕の住んでいるタツオ君の意識下の小部屋は、見る見るうちに地響きをたてて崩壊した。中央にあった外界への窓であったコンピュータも、パチンと音をたてて消えた。僕はウォークインしたての時のように、ただタツオ君の神経系統に必死しがみつく状態となった。そして折角今日まで徐々に固定化してきたその接続までもが、今やひとつひとつ解除されてゆくのであった。
(タツオ君…やはり…その薬は…まずかったな…)
そう思いつつ僕は最後の接続を絶たれ、奈落の底へと吸い込まれていった。どこまでも、どこまでも落ちて行った。そこは光のまったく射さない、暗黒の世界だった。僕のほか何も存在しないのだ。どっちへ行っても真の闇。従ってどっちへ行ってよいのかもわからない。僕はもう外界を見ることはもちろん、タツオ君の心さえ聞こえないところまで落ちて来てしまったことを知った。

みなさんは、スーパーマリオブラザーズをプレイしたことがあるだろうか?プレイヤーであるマリオが、ブロックとブロックの間の黒い隙間に落ちて消えるとき、一体どこに落ちて行ったのか、などと考えたりはしないだろう?しかし、その誰も決して想像しないような、時空間の隙間のようなところが、実際にあるのだ。それは本当に、闇以外は何もない世界だ。そして僕が落ち込んだ闇は、さらにひどいことに、一度落ちたら最後、リプレイが効かないのだった…。

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素老人

イドの深い闇ですね…(汗。
by 素老人 (2011-09-13 05:06) 

haku

絶体絶命...って感じですね  @д@;
by haku (2011-09-13 10:27) 

peach

★素老人さん、ありがとうございます。
鋭いですね。僕はピーチをスーパーエゴ的に書いてきました…。
それがイドに落ちるのですから、
これは人格崩壊の危機を象徴しているのです…。
by peach (2011-09-13 12:11) 

peach

★hakuさん、ありがとうございます。
まさに絶体絶命なのです。この後は、ピーチのいないタツオ君の
孤独な日々が語られてゆきます。上記、素老人さんへのコメントにも
書きましたが、人が超自我に含まれる指導的な要素や衝動を失った時、
一体どうなってしまうのか?そこに着目して頂けるとありがたいです…。
by peach (2011-09-13 12:19) 

yu-papa

ご訪問くださり、有り難うございます。
貴重な意見を頂き、参考にさせてもらいます^^
by yu-papa (2011-09-13 19:36) 

peach

★yu-papaさん、ありがとうございます。
貴重だなんて、そんなそんな…。ちょうど今この物語でも、一種の象徴として心療内科を扱っていますが、こういった内容も、社会の持つ暴力性と欺瞞を指摘する意味があって書いています。極論を提示しようとするので、時に内容についてゆけない面もあるかもしれませんが、現実を看破しない限り、人はその腐敗した流れに押し流されてゆくだけなのだと思うのです。何かの気付きや勇気づけの助けになると良いのですが…。
by peach (2011-09-14 10:59) 

素老人

イドの深い闇に落ちた経験者ですから…(汗。

人格や精神は様々な付帯物(趣味や環境、周囲からの「○○さん」と言う認識等)で形成される「ドーナツの穴」みたいな物と考えるようになってから楽になりましたが…(苦笑。

実在しないけど、周辺物で実在を証明すると言う「攻殻機動隊」の草薙素子の台詞に近いのかな?
by 素老人 (2011-09-14 22:47) 

peach

★素老人さん、再びありがとうございます。

深い闇に落ちる人の多くが、非常な高みにまで上った経験がある人たちだと思います。美しいものを見たが故に日常が醜いもので満たされていることを自覚せざるを得ない…違いますでしょうか?しかし闇に落ちるために我々は歓喜の高みに上るわけではありません。では何のためなのか?そこを問い続けてゆきたいものです…。ドーナツの穴の譬えは言い得て妙ではないでしょうか。般若心経そのものですね。

草薙素子、あのカッコイイ主人公ですね。シリーズの最初の方しか見ていないのですが、実に興味深い作品ですよね。まとめて観てみたいです。
by peach (2011-09-14 23:32) 

素老人

私も色々あり悩みましたが、昔の洋の東西の二人の偉人は、こう言いました。

一人は「Let it be」と…
一人は「これでイイのだ」…

この言葉に改めて衝撃を受け「素老人(老いる事をそのまま受け入れる、ただの老人」として生きる事に目覚めました。

コメント欄で書ききれるネタじゃ無いので、この辺りで…(苦笑。
by 素老人 (2011-09-15 00:26) 

peach

★素老人さん、ご丁寧にありがとうございます。
いいですね、それ(笑)。確かに両者とも偉大です!
そうですか、いいネーミングだと以前から感心してましたよ!
by peach (2011-09-15 02:39) 

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