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暗黒の二年間 46 [音楽]


年が明けて2010年になっても、タツオ君はついに僕の声を聞くことが出来なかった。
これでタツオ君の中でもウォークインの失敗は確実なものとなった。この数カ月の緊張と期待と不安の入り混じった時間は、いったい何だったのだろう。六年余りを一緒に過ごしたあのエイリアンは完全な死を迎えたと言うのか?だとしたら責任は自分にあったのではないか?いずれにしても手詰まりだった。行くべき方向性を委ねていたために、どうしてよいかわからないのだった。そして為すべきことを決める方法が見つからないまま、これまで通り惰性的ではあるが、サラリーマン生活を送ってゆく他なかった。



「どうですか?最近は?」心療内科の医師が尋ねる。
「調子はいいです。不安もイライラもないし、記憶がなくなることもないんです。」
「周りの人も…、奥さんとかもそう言ってますか?」
「はい。特に異常はないみたいですね」
「それは良かった。前回来られた時より元気がないように見えますけど、そんなことはないですか?」
「そうですかね。自分ではわかりませんが」
「薬は飲みづらくはないですか?」
「はじめは辛かったですね、とっても」
「今は慣れた?」
「ええ。でも頭の中が圧迫されるような感じはあります」
「頭痛はありますか?」
「頭痛持ちだったのが、それもなくなったのは不思議です」
「そうですか。記憶がなくなったということについて、ご自身ではどうしてだと思いますか?」
ウォークインが何らかの異常をもたらしたのかも知れないと考えてはいたものの、それを語って薬の量をふやされても困る、そう思ったタツオ君は無難な答えを選んだ。
「…わかりません」
「はじめにおっしゃっていた、幽霊は出ませんか?」
「ええ、ピタリと出なくなりました」
「良く眠れますか?」
「それが、夢も全く見なくなったのです」
「眠りが深いんでしょう」
「…でも先生、薬を飲むようになって何だか世界が狭くなった気がするんです」
「狭く?…この部屋も狭く感じますか?」
「そうではないんです。実際のスペースではなくてイメージの世界なんですが、以前は広く遠くまで見通せた気がするのに、今は窓のない狭い部屋に閉じ込められているように、何も見えないという感じがするのです」
「…それで何か困ったことがありますか?」
「いや、具体的には何も。ただ何故そんな風に感じるのかと…」
「思い込みもあるのではないのでしょうかね、はじめてこういったお薬を飲まれたことによる…」
「…そうかも知れませんね」
「とにかく薬は飲み続けてください。決して自己判断で止めないでくださいね」

医師はタツオ君の安定した様子を見て、次回の診察は一カ月後で良いと言った。投薬が適切であると判断し、同様の薬が一カ月分渡された。

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