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暗黒の二年間 63 [音楽]

「タツオ君、木星だ」
眠りから覚めてぼんやりとしていたタツオ君に、ロザリオが言った。
「ほんとうだ、まだ随分遠いな。ここからだと雲の様子も良く分からない」
「今から母艦に乗り入れる」
「え?どこに母艦が?」
「目の前だ」
そう言うとロザリオはタツオ君にはわからない言語で何かをつぶやいた。
突然目の前がみるみる明るくなって来たかと思うと、その輝きは椀を伏せたような大きな半円形を形作った。母艦のハッチが開いたのだ。今まで宇宙空間だと思っていた闇に同化するように、真っ黒な宇宙船がそこにあったのだ。



「驚いたなあ。ぼくは木星の上空まで行くものと思っていたから」
「付近の軌道上だ。上空なんて、重力圏に入ったら大変だよ」ロザリオは笑った。
「出て来られない?」
「この母艦なら可能だが、エネルギーを浪費するだけだ。それに僕らの身体がつぶれないように船内の重力をコントロールするのにもエネルギーを消費する。近づきたくない場所だよ」

乗って来た小型機がゆっくりと静止したかと思うと、今度は回転しながら下降を始めた。これはハッチ内の床の一部が下り始めたのだった。やがてその回転と下降も止まると、ロザリオが言った。
「さあ、降りようじゃないか」
「ちょっと待って」そう言ってタツオ君は持ってきた荷物のところへ歩いて行った。
「一応これだけは持って行くか」
タツオ君は一冊の文庫本をリュックから取り出した。
「なんだいそれは?」
「笑うかも知れないが、般若心経とその解説だ」
「笑うなんてとんでもない。地球の名著じゃないか」
「そう思うかい?僕は結局これが一番落ち着くんだ。声に出して読むわけではないが…」
「短いが素晴らしい経典だ。多くの地球人は『空』を理解してはいないが」
「君たちはそれを理解できる」
「君も理解しているさ。ただしょっちゅう忘れるがね…」
「真実が見たい…」
「わかっているはずだ。目の前にあるのが真実だよ。その真実について脳が勝手な解釈をするから、それは真実ではなくなってしまう。これは自分にとって良い真実だ、この真実は都合が悪い、さっき真実が見えたような気がしたが、もう一度見たいなあ、それで最後は、果たして真実とはなんだろう?ってね」
「脳はやっかいな代物だねえ…」
「思考の使い方を間違えているんだよ。真実を見出すために思考は役に立たないのに、一生懸命考えるのだな」

乗船した時とは異なる壁の一部分が開き、船の外壁を変形させながら、床までの橋が斜めに伸びていった。伸びてゆく橋をたどるように二人はゆっくりと歩いて行った。


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DEBDYLAN

このライヴ・ヴァージョン、荒々しくてカッコいいですね♪

by DEBDYLAN (2011-12-03 22:58) 

peach

★DEBDYLANさん、ありがとうございます。
ニール・ヤングらしい演奏となっていますね。
この曲の詩がまたいいのです…。
by peach (2011-12-04 02:14) 

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