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暗黒の二年間 24 [音楽]

翌日は小雨が降っていた。気温もかなり低く、肌寒いくらいだった。

「…ええ、こちらで持参します。子供たちに死体を見せたくないもので…」
僕の遺体については、あらかじめ打ち合わせていた通り、一番近くの動物霊園に任せることにした。この日はその打ち合わせから始まった。タツオ君は遺骨を終生持っていたかったようだったが、もともと単なる合成身体なのだから、と言い聞かせ、火葬後は合同墓地に入れてもらうことにした。これについても僕の遺体が通常の犬や猫と一緒に焼かれることに対して、タツオ君は強い抵抗を持っていたようだが、逆に骨に合成身体特有の特異な点が発見されたりするリスクを免れるのに都合が良いからと、僕が説得したのだ。


Lou Reed - Cremation Live 投稿者 bebepanda

結局、クーラーボックスに詰め込まれた僕の遺体は、タツオ君の車で動物霊園まで持ち込まれた。本来ならば霊園の方から迎えに来るのだが。これからつく嘘がばれぬためには、こうするよりほかなかったのだ。
傘をさして園内を歩いてみると、ここはペット霊園だと言われなければ、人間のそれと見分けがつかぬくらいきれいに整備された施設だった。

「お電話でだいたいうかがいましたけれど、合同葬ということでよろしいのですね。」
「ええ」
「では、こちらにご記入をお願い致します」
霊園の受付職員はそう言って用紙とボールペンを差し出した。
「火葬までは、他のご遺体との兼ね合いで2~3日かかります。済みましたらご自宅にその旨お手紙が届くようになっておりますので…」
「あ、それは困ります。子供たちにはこいつが行方不明になったと言うつもりなので」
タツオ君は足元のクーラーボックスを指差した。
「左様でございますか。随分と可愛がっていらっしゃったのですね…。」
「はい。家族同然でした、いや、それ以上かな…」
「それであればひとつ、お墓を設けられては…?」
「いや…あまりご大層なことはしてくれるな、というのが本人の希望で…」
「ご本人?ご本人とおっしゃいますと…?」職員は怪訝そうな顔になった。
「あっ、その…生前ですね、そう言っているような顔をしていた、という意味で…」
「それは、以心伝心というものですね。本当に猫ちゃんをお好きな方は、よくそうおっしゃいますからねえ…」

僕たちは火葬の申込書に記入を終えると、葬儀料金を支払い、僕のぬけがらをあずけた。職員には、連絡は携帯電話に、と念押しして事務所をあとにした。

「なんだかあっけないな。なあ、ピーチ…」
タツオ君がそう言っているのが何となく聞こえるのだが、こちらからは何も伝えることが出来ない。それが「待機状態」というものなのだ。
(死んだわけじゃないんだしさ、供養してもらえるだけでも、もったいないくらいさ)
そう僕は言いたいのだが、今や肉体は霊園にあり、火葬を待っている。そして宿主であるタツオ君の身体をコントロールしてしゃべるには、最低でもあと三カ月以上を要するのだ。そして蛹のような朦朧とした意識状態の下では、思念を送ることさえ不可能なのだった。

車まではまた傘を差さねばならなかった。歩くたび、空のクーラーボックスのなかで、保冷剤だけがカタコトと音をたてていた。

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