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暗黒の二年間 65 [音楽]

「まずは君に、この映像にある機械にかかってもらう」
そう言ってロザリオが指差したモニターには、歯科医院で使用するような、背もたれが大きく後ろに傾いた椅子が映っていた。
「痛いことをされるんじゃないだろうな」
「眠るだけで、何も感じないと思うよ。君は持ってきた本でも読んでいればいい」
ロザリオは笑った。



「随分簡単なのはいいけれど、どういう仕組みで、何をする機械なんだ?」
「だから眠る機械なんだよ。私の作業中に目覚めてもらっては困るから、言った通り仮死状態にはなるんだがね。いいかい、君がここに座るとこの上部にある透明な覆いが降りてくる。そして、ある物質が君を含めたこの内部を埋め尽くすんだ。すると君は組織の維持をその物質に任せて全身的な眠りに入ってしまう。すなわち心臓までもが停止するのだ。それでその後は、私が内なる身体で君の中に入る。幸い君は眠っているから私のもう一つの身体を見なくて済むわけだ」
「幸い?」タツオ君は聞き返した。無理もない。僕は僕らの本体がどのような形状をしているか、一切彼に語ったことはないのだから。
「気にしなくていいよ。言葉の彩と思ってくれたまえ」
「気になるだろう。ピーチは君らの外見が本当はどうかと言うことは全然教えてくれなかったんだ」
「そりゃあそうだろうね。禁則事項なのだから」
「なぜまた?」
「これは冗談抜きに、とても深い理由からだ。とにかく君が空想しているように、とても見られた姿じゃないから、というのではない。私たちは自分たちの形姿に誇りを持っているよ。ただね、いつか君たちはその目で私たちを見つけることになるんだよ、遅かれ、早かれね」
「黒猫じゃなくて?」
「そう。その時はもうこんな冗談みたいな身体は要らないんだ…」
そう言ってロザリオは遠い目をしてしばし沈黙した。

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暗黒の二年間 64 [音楽]

ハッチから広い通路に入ると、以外にも通路の両側に腰の高さくらいの葉の大きな植物がびっしりと生えているのにタツオ君は驚いた。水の流れる音が聞こえる。栽培のために循環させているのだろうか。とても宇宙船の中とは思えない。
「まるで公園かどこかを歩いているみたいだな」
「長旅には日常生活に似た環境が必要だからね」
「この巨大な船に僕たちしかいないのか?」
「そうだよ。必要な設備をつめるものがこれしかなかったのだ。かといって今回の場合大勢でおしかけてどうなるものでもない。私一人で来たというわけさ」
「失礼ながら私もおります」
通路の上部のほうから流暢な日本語が聞こえてきた。
「あれは?」
「あれはこの母艦の声だ。地球の日本語を完全にマスターしているから、なんでも命令してやってくれ」
「やあ、宇宙船君。はじめまして」タツオ君はどこにしゃべってよいかわからず、きょろきょろとあたりを見回しながら挨拶した。
「お会いできて光栄です。タツオ様」
「こちらこそだ。きみは…きみの本体はどこだ?」
「私の頭脳のことでしたら、それは現在タツオ様がいらっしゃる所から50メートルほど先にある統括センターです。今向かっていらっしゃるところです」
見ると通路の突き当たりにやさしい緑色の光が四角く灯っていた。
「あそこか」タツオ君は思わず小走りになった。
「タツオ君、宇宙船は逃げないよ」ロザリオが後ろから叫んだ。



緑色の四角はタツオ君が近付くと、自ら消えた。そして目の前には円形の部屋が広がっていた。中央に円卓のようなものがあり、数個の座席がそれを取り囲んでいた。円卓の水平な上部は一つのモニターになっていて、何かの機械らしき画像と、文字らしき羅列がそこに映っていた。
「ロザリオ様、すぐに段取りの確認に入られますか?」宇宙船が問いかけた。
「うむ、簡単に確認をしてから、お茶でも飲もう。そのあとゆっくり始めよう」
「承知いたしました」
「タツオ君、そこに掛けてテーブルのモニターを見てくれ」
「ああ」タツオ君は円卓のまわりの座席のうちの一つに腰を下ろした。
ロザリオは猫の身体のままテーブルに飛び乗り、僕を救出する方法の解説を始めた。

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暗黒の二年間 63 [音楽]

「タツオ君、木星だ」
眠りから覚めてぼんやりとしていたタツオ君に、ロザリオが言った。
「ほんとうだ、まだ随分遠いな。ここからだと雲の様子も良く分からない」
「今から母艦に乗り入れる」
「え?どこに母艦が?」
「目の前だ」
そう言うとロザリオはタツオ君にはわからない言語で何かをつぶやいた。
突然目の前がみるみる明るくなって来たかと思うと、その輝きは椀を伏せたような大きな半円形を形作った。母艦のハッチが開いたのだ。今まで宇宙空間だと思っていた闇に同化するように、真っ黒な宇宙船がそこにあったのだ。



「驚いたなあ。ぼくは木星の上空まで行くものと思っていたから」
「付近の軌道上だ。上空なんて、重力圏に入ったら大変だよ」ロザリオは笑った。
「出て来られない?」
「この母艦なら可能だが、エネルギーを浪費するだけだ。それに僕らの身体がつぶれないように船内の重力をコントロールするのにもエネルギーを消費する。近づきたくない場所だよ」

乗って来た小型機がゆっくりと静止したかと思うと、今度は回転しながら下降を始めた。これはハッチ内の床の一部が下り始めたのだった。やがてその回転と下降も止まると、ロザリオが言った。
「さあ、降りようじゃないか」
「ちょっと待って」そう言ってタツオ君は持ってきた荷物のところへ歩いて行った。
「一応これだけは持って行くか」
タツオ君は一冊の文庫本をリュックから取り出した。
「なんだいそれは?」
「笑うかも知れないが、般若心経とその解説だ」
「笑うなんてとんでもない。地球の名著じゃないか」
「そう思うかい?僕は結局これが一番落ち着くんだ。声に出して読むわけではないが…」
「短いが素晴らしい経典だ。多くの地球人は『空』を理解してはいないが」
「君たちはそれを理解できる」
「君も理解しているさ。ただしょっちゅう忘れるがね…」
「真実が見たい…」
「わかっているはずだ。目の前にあるのが真実だよ。その真実について脳が勝手な解釈をするから、それは真実ではなくなってしまう。これは自分にとって良い真実だ、この真実は都合が悪い、さっき真実が見えたような気がしたが、もう一度見たいなあ、それで最後は、果たして真実とはなんだろう?ってね」
「脳はやっかいな代物だねえ…」
「思考の使い方を間違えているんだよ。真実を見出すために思考は役に立たないのに、一生懸命考えるのだな」

乗船した時とは異なる壁の一部分が開き、船の外壁を変形させながら、床までの橋が斜めに伸びていった。伸びてゆく橋をたどるように二人はゆっくりと歩いて行った。


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