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暗黒の二年間 62 [音楽]

行きの宇宙船の中では、何もすることがなかった代わりに、タツオ君はロザリオに様々な質問をした。ロザリオはそれに常に簡潔に答えた。しかしその質問すら尽きるころになると、タツオ君は宇宙船の外側の星空だけの世界を見つめていたが、それはとりもなおさず自己の内面を見つめる行為だった。このまま僕が救出されれば、今度こそ自身の肉体を明け渡し、通常の意味で言う人生は終わるのだ。しかし非力な自己にしがみついて何になろう?地球が末期的な状態に突進していることは分かっていた。


Billy Joel - Honesty 投稿者 INDIEN94

「ロザリオ、ひとつ聞きたいんだが…」
「いいとも。何だろう?」
「彼ら、彼らと言えば君なら分かるだろうか?地球上に現れた彼らのことなんだけど、彼らはそもそも生粋の地球人だったのだろうか?」
「ああ、そこに考え至ったね…。それはね、ほとんど出生はそうだが後から、青年期や人生の中盤などから、次元の異なる生命が入り込んでいる。もとから受け入れる素地が整っていたことは確かだがね」
「彼らはみな歴史に刻まれた人物なのだろうか?」
「とんでもない。全く誰にも知られずに生きることで、あるいは死ぬこと自体によって、その役目を果たした者たちもいるのだ…。そこに彼らの選択はないに等しい。すべて明け渡してしまったのだからね」
「明け渡した後は、生きるも死ぬもお任せってことか…」
「その通り。タツオ君、君は自身の特徴を知っているか?」
「特徴?どんなんだろうな、ある程度は知っていると思うが…」
ロザリオはほんの少しだけ微笑んだ。そして続けた。
「君は何か欲しいものがあるかい?」
「ああ…、それが…どうしてなんだろう?何も欲しいとは思わないんだ」
「以前は欲しいものがあっただろうか?」
「ずいぶんと小さい時分は、おそらく…おもちゃとか…。しかし思春期を過ぎたころからかなあ、何も欲しくなくなってしまったような気がする。親父が死に際に言ったんだよ、『お前はどういうわけか、何も欲しがらなかった』って」
「お父上はきっと、君に何かをねだってほしかったのだろうね…。君をモニターすると、本能的な欲求以上の二次的な欲望は、厳密に言うとほとんどなかったのだよ。お父上は
幼少のころからの君の特異性に気付いていたんだ。そして自分が息子にしてあげられることは何もないのではないか、と思うことが辛かったようだね」
「お袋は?お袋はなぜああまでヒステリックに僕に当たったのだろう?」
「それはほぼ、同じ理由からと言える。欲望がないことは、肉体的生存への意志に乏しいことが指摘できる。お母上はそれを母性本能的に直観なさっていたのだ。君の方がお母上よりも早く死んでしまうのではないかと…。それがお母上の気性を狂わせていたとも言えよう」
タツオ君は驚いたように顔をあげた。
「ああ、そう言えば、そう言っていたことがある、『お前は大人になる前に死んでしまうような気がしてならなかった』って。やっぱり亡くなる少し前だったかなあ?」
ロザリオは頷いた。
「そして実際に君は、子供のころから世をはかなんで生きてきた…」
「やはり僕ほど親不孝な子供はいないな…」
タツオ君はそう言ってまた窓外の星空に目をそらした。
「タツオ君…、しかし僕らにとってはそれが一番ほしい素質だったんだよ…。君にはもともと、ウォークインの妨げになる要素がない。そしてそれはそのまま君の感覚を鋭くし、君のコンタクティーとしての才能となっていたんだね…。だからこそ今闇の底にいる我々の友人は、君を発見したんだと思う」
「そうだね…」
「タツオ君…忘れないでほしい、全ての生命はその根幹において一つであることを…」

タツオ君の中で、自分の命と宇宙全体の生命とが、まるでひとつの身体の中を駆け巡る血液のように循環しているヴィジョンが映し出されていた。地球時間でもう一晩眠るころには木星に到着するだろう。タツオ君はゆっくりと、瞑想の中に入ってゆくように目を閉じた。ロザリオは僕でさえ分からないほどの深淵を見つめて、目を見開いたまま、ぬけがらのように静止していた。


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暗黒の二年間 61 [音楽]

「今のうちにゆっくり味わっておきたまえ」
コーヒーをすするタツオ君にロザリオは言った。にわかに不安がタツオ君を襲った。



「何だか嫌な言い方だなあ。本当に死んだきりになったりしないだろうなあ?」
「手順を間違えなければ大丈夫だ。焦らずゆっくりやるつもりだ。そのために母艦での長期滞在を選んだのだからね」
「着いたら僕は食事もコーヒーもなしで眠り続けるわけだろう?」
「そうだよ」
「身体は維持できるのかねえ?」
「その心配なら無用だ。一切カロリーを消費しなくなるから」
「冷凍睡眠か?」タツオ君が尋ねると、ロザリオは笑った。
「僕たちはその方法は使わないんだ。局所的に時間をコントロールできるからね」
タツオ君は僕の持つ、同時刻に数ヶ所に存在出来るという能力のことを思い出していた。
「ああ、君たちはそうなんだったな…つまり、僕の体内に流れる時間を止めるのだな?」
「そういうことだ」ロザリオは頷きながら答えた。
「まてよ?すると君たちは未来に何が起こるか知っているということにならないか?」
タツオ君は以前から抱いていた疑問を、この時ばかりと口にした。
「そう思うのは地球人らしいところだね。確かに僕たちは未来を見ることが出来る。しかしそれは今この瞬間算出した未来であって、1分の後にもう一度見ると結果が大きく変わっている、ということもあるんだ。従って、起こる出来事の確率の大小をあらかじめ予期することしか出来ないんだ。君がくしゃみひとつするかしないかの違いで、さまざまなことが変わることもあるんだ」
「何だか指一本動かすのもためらわれるような話だな」
「そうなんだ。未来を知ることは多くの場合、現在に生きる存在にとっては行動の純粋さを奪うものなんだ。そしてそれは無力化につながり、結果として悪い未来を招くことも多い。あるいは、ある特定の未来が来るように、または来ないようにする試みが時空間にひずみを作り、別の個所に思わぬ影響をもたらしてしまうこともある」
「結局人間は何を指針に生きてゆけばいいんだろう?」
ロザリオはその質問に首を横に振って答えた。
「指針という考え方が、すでに人としての可能性を半ば放棄しているのではないだろうか?自らを指針としなくて創造があり得るだろうか?」
「ないだろうね…」
「人は今この瞬間を自由に選択することではじめて創造的になり得る。与えられた人生を生きることは死ぬことだ…」

宇宙は静かだった。そして彼らの話声を、誰ひとりとして立ち聞きする者はなかった。

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暗黒の二年間 60 [音楽]

近年は地球の上空も宇宙船の長期停泊には向かない状態になった。地球人の探査網をくぐり抜けながらそれを行うのは困難だ。ロザリオは近くてもできるだけ見つかりにくいところを選び、母艦を木星の軌道付近に停泊させておいた。



小型の宇宙船は、質量をそのままに、ある程度まで大きさを変えることが出来る。猫一匹が乗って来た船内は狭すぎるので、ちょうどタツオ君の住まいと同じくらいの広さに居住スペースを変形拡張した。といっても全自動で動く船内は機械などがむき出しになっているところはないから、全部が居住スペースのように感じられるのだが。一応前方上部のリビングをコックピットということにして、ソファーとテーブルを置いた。金属質の壁に囲まれて殺風景な他は、なんら地球の家庭と同じだ。そこではロザリオが、タツオ君には聞き取れないようなわれわれの星系の言語で母艦と会話した。といってもこの母艦にだれかが乗っていたわけではない。母艦そのものも人工知能だけで制御されているためだ。

「今何て言ったの?」ソファーの肘掛けに足を投げ出したタツオ君が何の気なしに質問した。
「母艦に到着予定を知らせたのだ。およそ三日後」
「あいかわらず早いな」
「これでもゆっくりだ。ジャンプするわけでもないしね」
「ああ、あれだけはごめんだな、一度ピーチに連れられて太陽系外へ出た時経験したけど、いろいろなあり得ないものが見えて、何だか酔いそうになる」
「重力はちょうどいいかい?地球と同じにしてあるんだが」
「全く違和感ないね」
「低重力が楽なんだが、地球へ帰った時苦労するからね、それに今回は長期だし」
「本当にただの旅行だったら良かったんだけどなあ」
タツオ君は不謹慎だとは感じつつも、楽しげな希望を口にした。
「真っ暗な宇宙旅行でも楽しいのかい?」
「星の付近まで行けばね。そりゃあ道中は地球の旅行の方が楽しいさ、窓の外の景色が変わるんだから」
「他の星に下りればもっと楽しいんだけどね。地球近辺の星だと船外に出られないからね」
「ぼくら地球の人間からするとあまりに遠すぎるんだよ、知的生命がある星が。そう思わないかい?」
「無理もないさ。自力でそこまで行けないのだから。でもそれは昔、海外の国々が遠いと嘆いていたのと同じさ。いずれは身近になる。その前に絶滅しなければの話だけれども…」
「絶滅…するのか?」
「わからない。して欲しくはないと願っている」

タツオ君はロザリオが本当にその答えを知らないのか怪しんだが、僕たちが絶対に未来を限定した言い方をしないことを知っていたために、それ以上の質問はしなかった。

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暗黒の二年間 59 [音楽]

出発はしかし年明けの2011年1月となった。一つには昨年受けたタツオ君のイラストの仕事がリピートしたからだ。高倉さんの発注を断るわけにはいかない。納期が12月20日だったため、それを終えて、ついでにクリスマスとお正月を祝ってゆこうということになった。タツオ君は急がなくてよいのかとしきりに心配していたが、こちらはもう、時間とは無縁の場所にいるのだ。従って早いとか遅いとかいう問題ではないのだということをロザリオから教えられ、同意したというわけだ。



そして出発の日、時間帯は真夜中だった。家族に対しての名目は「宇宙旅行」。ご近所や親せきに対しては、「長期出張」ということにしてある。真夜中の出発であるうえ、さわぎにしたくなかったので、自分たちだけでひっそりと行かせてくれるよう、タツオ君はマコさんには頼んだ。
この山間部の田舎町の良いところは、人目が少ないことと、真夜中に起きている人がいないということだった。

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