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暗黒の二年間 58 [音楽]

いざ会社を辞めるとなると、引き継ぎも楽ではなかった。特にタツオ君のやっていた仕事はだれがやっても難しく感じる仕事なのだった。それでも後任にベテランをつけてもらい、何とか引き継ぎは終えた。そして重荷をおろしたタツオ君の心中には今までになかった開放感が訪れた。


John Lennon - Mind Games 投稿者 bebepanda

「これで旅に出られるな」ロザリオが言った。
「やはりここではまずいわけだな?」タツオ君は研究所の床を指さした。
「大いにまずかろう?死ぬわけだから」
「死ぬと言うな。ところでどこに旅に出るんだ?」
「地球人のいないところだ」
「まさか…?」
「故郷まで行くなんてことはないさ、母艦を呼んであるのだ」
「母艦!二年近く前に東京の真上に来ていたという、あの…」
タツオ君はにわかに興奮した。
「そう。そこまでは私の小型機で行く」
「そうだ、その小型機とやらはどこに置いたんだ?」
「そこだ」
そう言ってロザリオは研究所の窓の外を指さした。それは今は何も栽培しておらず、刈った植木の枝などが無造作に積まれたこの家の畑の跡だった。
「君たちが不精で助かったよ。あの処分されないたくさんの木の枝でカムフラージュしてあるのだ」
「全く気付かなかった」
「だからあそこにしたのさ」

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暗黒の二年間 57 [音楽]

「ピーチおかえりなさいパーティ」の翌日、タツオ君は上司に辞表を提出した。もはや相談している暇はなかった。
「おっと…、今回は唐突に来たな」上司の態度は落ち着いていた。
「どうしてもやらなければならないことがあります」タツオ君が言った。
「病気が辛いのなら休職ということにしてはどうだ?」
「ありがとうございます。ですがそれはまた別問題です。休職後に復帰するというつもりもありません」
「相変わらず、オール・オア・ナッシングな性格だよなあ、潔いとも言うが…」
「はあ…」
「俺は何回ひきとめたかな?」
「三回か…四回でしょうか?」
しばしの沈黙があった。


10Cc - Rubber Bullets - Life Is A Minestrone... 投稿者 goldrausch

「もうとめないよ…。長年やってて、お前ほど頑固な奴もはじめてだ」
「すみません…」
「まあ…、たまには遊びに来るんだぞ」
「…ありがとうございます」

そして退職日付を11月末日とし、タツオ君は退職することになった。だが勤務はほぼ引き継ぎのみを行うこととし、残りの有給休暇を考慮して、実際の勤務は11月の中旬までとなった。

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暗黒の二年間 56 [音楽]

「おかえりなさい!ピーチ」
サキちゃんとサトくんは声をそろえてそう叫ぶと、クラッカーを鳴らした。
卓上には円形のデコレーションケーキまで用意してある。
「どうもありがとう」そう言いながら僕になり済ましたロザリオは、小声でタツオ君にささやいた。
(ちょっとやりすぎじゃないのか?)
(いいんだよ、おかげでシャンパンが飲めるんだから)



特別な余興は何もなかったが、マコさんも、子供たちも僕の帰還を心から喜んでくれた。そのことに感謝したい。実際には闇の中に埋もれていたのだとしても。ロザリオは子供たちから質問攻めにあっていたが、僕の不手際を補う形で適当な言い訳をしてくれていた。そのこともありがたかったと思う。

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暗黒の二年間 55 [音楽]

「正直言って、今度は君の命にかかわる問題だ」
「本当か?」
「本当だ。さまざまな図形に情報が乗っていることは、君も知っているだろう?」
「知っている。ピーチがこのブログにも書いていたよ」
「その通り。それで私が内蔵している図形を君の中で使用する時に、その情報の量の莫大さに神経系統がショートしてしまうのだ。君が使用したものとは次元が違うのだ。だからショートを防ぐために、一旦君に仮死状態になってもらう。作業が無事終われば、私が仮死状態を解くが、私が生還しない場合君は仮死状態から、本当の死人になるわけだ。命を捨てる覚悟はあるか?」
「生命保険に入っているからOKだ」そう言ってタツオ君はにやりと笑った。
「恩にきる」
「絶対にあいつを助けてやってくれ」
「最善を尽くそう」


ELO - Mr. Blue Sky 投稿者 dleyton

そして、またこの家に黒い猫の姿をしたエイリアンが住み着くことになった。知っての通り、僕は一時故郷へ帰ったことになっているため、マコさんや子供たちに対しては、ロザリオは僕を演じることとなった。これにはロザリオとしての存在を明かすことが規則で許されていないためである。あくまでも僕がここの担当だからだ。

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暗黒の二年間 54 [音楽]

「それで?方法はどんなものなんだい?」タツオ君が尋ねた。ロザリオは窓際に置いてある天体望遠鏡をいじっていた。
「ああ、失礼。この前私がちゃんと身体を持って地球に存在していた時代には、こんな物はなかったのでね」
「天体望遠鏡がない頃って、いつだよ?」
「二千年くらい前」
「何をしていたんだよ、地球で」
「教えてあげたいが機密事項だ」
「だと思ったよ」


David Bowie - Cat People 投稿者 FerdaO

「さて、まずは準備からだが…、君ドラッグをやっているね?」
「向精神薬のことか」
「まずはそれをやめたまえ。君は病気ではない」
「病気じゃない?記憶がなくなったのも、別人格が現われたらしいのも、違うのか?」
「そうだ。実はあの時予定よりも一カ月以上も早くピーチ人格が表面に現れたのだ。当然合一は不完全のままだ。君とピーチは全く連携していなかった。」
「そんなに早く?なぜ?」
「デリケートな時期に君が無理をしすぎたせいだ。身も心も疲れきっているというのにいろいろがんばってくれたおかげで、君の魂そのものがときどき自己を閉ざしたのだ。そして主人を失った肉体の方は中にいたピーチを引っ張り出したというわけさ」
「自己を閉ざした覚えなんてないよ」
「それは君の記憶だろう?脳の記憶だ。だが魂とは記憶に残らない、つまり意識されないものでその多くが締められているのだ。その魂が自ら肉体を離脱してしまったのだよ」
「幽体離脱なら数え切れないほどしているが?」
「幽体と言っても二つあるのだよ。離脱して良い方と、離脱すると命に関わる方とね。君の場合両方が離脱してしまったわけで、肉体の神経系統がパニックを起こしたんだ」
「そうだったのか。では記憶がなくなった間は、あいつが僕の身体をあやつっていたんだね?」
「その通り。しかも君は病気だと思い込んでしまった。これは完全に私とピーチが予期しなかったことだ。そしてその薬…、感心しないな。君、それがピーチが落っこちた直接の原因だよ」
「…済まない」タツオ君はロザリオの目を見つめて詫びた。
「向精神薬に限ったことではないんだがね、多くの劇薬が肉体と魂の接続部分に損傷を与えるんだよ。ピーチはあのころようやく君の肉体に馴染んできたころだった、そこへ君が薬を服用したために接続が解除されてしまったのだ。かといって肉体の出口の方は君がふさいでいるから出られない、あとは深淵に落ちるしかなかったんだよ。これがウォークインに伴う真のリスクだったのだ。君に心配を掛けぬよう、そこまで説明しなかったのだ」
「わかった、薬は止めよう」
「そうしてくれ。だが同時に今度こそ会社は辞めてもらう」
「無理はしない、ってことだね」
「そう。それだけでなく、こんどは君が期間未定で気絶することになる。どのみち会社へは行けないんだ。会社に迷惑をかけたくないなら、今すぐ辞表を出してくれ」
「そんな大仕事なのか?」
「仕事自体は比較的単純なのだ。だが私が内蔵している幾何形体が問題なのだ」
「…どういうことだ?」

タツオ君は昨年のウォークイン前の緊張の日々を思い出していた。

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暗黒の二年間 53 [音楽]

タツオ君の中で、ようやく忘れかけていたエイリアンとの交流の日々が蘇って来た。
「まさか…ロザリオ…?」
黒猫は笑った。猫が笑う?それは長年猫の姿をした僕と過ごしたタツオ君だからこそ見抜ける表情の変化なのだった。


Radiohead - High And Dry (Version US) 投稿者 nopulse

「いかにも。私だよ」
僕そっくりの黒猫はロザリオが宿った新しい合成身体なのだった。
「いつ来たんだ?」タツオ君は問いかけた。
「今日はついさっき。それ以前にも地球次元の身体なしで何度か来たが、一向に君は気付かなかったからねえ。こっちはお手上げだったよ」
「ピーチは…、ピーチの声も聞こえないんだ。あいつはどうなってしまったんだ?」
「それだ。それが問題なので私が来た。こんな身体でね。彼は救い難い闇の中へ落ちたよ…」
「落ちた…闇に…?」
「そうだ。現在ではそこで意識をなくしてしまっている。特別な装備なしでそこに落ちると、だんだんと闇と同化して自意識を失うんだ。従って彼はその魂ですら現在どこにも存在しないことになる」
「魂が死んだのか?」
「いや。魂は不滅だが、その個体性を失ってしまったんだ。こうなると自力では絶対に出て来られない」
「助けられるのか?君なら」
「…分からない。これまでやったことがないからね。だが理論上は出来る筈なんだ。かつて成功した例もある。それに、そのための幾何形体がすでに私の中に埋め込んである」
「幾何形体?前に君たちが僕に埋め込んだやつか?」
「いや、あれは地球人用だ。私たちはもっと微妙で複雑なものを使う。君に説明しても分からないよ。なにせ便宜上幾何形体と呼んでいるだけで、地球人の視覚で見たらすでに形と認識できるものではないからね。ともかくそれをわざわざ埋め込んで来たのだよ。未知のダイビングを楽しむためにね」
「冗談だろ」
「冗談だ。君にコンタクトが取れないと分かってから地球時間で10カ月だよ。全ての図形の埋め込みに10カ月かかったのだ。それで来るのが今日になってしまったんだが、その間私にも笑えない苦労があったのだということは理解してくれたまえ」

タツオ君は黒猫の姿でやってきたロザリオを研究所に招き入れた。

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暗黒の二年間 52 [音楽]

タツオ君は秋の夜道を歩いて帰った。道沿いに流れる小川のせせらぎに交じって、コオロギの鳴く高い声が、そこかしこから聞こえてきた。道々今日偶然にも蓮池さんに声を掛けられたことを、何か意味のあることのように考えながら…。


Nirvana Smells Like Teen Spirit 投稿者 stefdasse

家に着くと、タツオ君は宇宙科学研究所の前にぎょっとするものを見つけた。かつての僕そっくりの黒い猫が、まるでタツオ君の帰りを待っていたかのように、研究所の入り口の石段に座ってこちらを見ているのである。
(ついに幻覚まで見るようになったか…)
そう思った時、黒い猫は唐突に人語を喋った。それも日本語だ。
「やあ。帰ったね」
タツオ君は幻聴をかき消そうと耳をふさぎ、首を激しく横に振った。
「やめろ!」
「何をやめたらよいのかな?」
「お前が…、いるはずがないんだ!こんなところに!いや、もうどこにだっていやしないんだ!」
黒猫は石段を下りてタツオ君に接近してきた。
「私は実際にここにいるが?」
「来るな!化けて出たのか?」
「化ける?まあ確かにこれも化けているのに違いはないが、何か勘違いをしていないか?タツオ君」
「やめてくれ、お前は火葬になった筈だろう、もう灰になってしまったんだよ」
タツオ君の顔面がひきつり、みるみる蒼白になってゆく。
「火葬?ああそうだったね。君の友だちは不要になった合成身体を火葬にしてもらうと言ってたっけねえ」
「友だち…?君は誰なんだ?」タツオ君は耳をふさぐのをやめて恐る恐る問いかけた。
「こんな格好をしているとはいえ、私がだれか分からないなんて、君の能力は一体どこへ消えてしまったんだい?」
落ち着いて聞いてみると、かつての同居人の声ではないことに気付く。それよりも女性的な、高い声なのだ…。

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暗黒の二年間 51 [音楽]

「そうそう、原画だったな」そう言って蓮池さんは奥の部屋から、梱包されたダンボールを持ってきた。



「原画展をやったから、こんな状態でな」
ようやく梱包を解いて出してくれた原画はきちんと額装されたものだった。夏の小川であそぶ子供たちが超細密なタッチで描かれていた。魚とりをテーマにした絵本の中の一ページだ。
「すごい、これを描いている道具は?」
「これさ」そう言う蓮池さんの手には一本の極細面相筆があった。
「ゼロ号ですか?」
「輪郭はほとんどこれだね、その他も全部面相さ」
「絵具は?」
「俺は透明水彩だけだ」

何というシンプルな画法だろうか。タツオ君のようにあれもこれもと試みる人もいれば、素朴な画法にとどまり、いつまでも保ち続けている作家もいる。この蓮池月夫という作家は、タツオ君が子供だったころから常に変わらぬ技法を貫いてきたのだった。自分とはまったく別の在り方をする存在を改めて確認することで、タツオ君も自分の位置づけを再確認したようだった。

その日、蓮池さんはタツオ君もよく知っている著名な絵本作家や漫画家などの、知られざる話を沢山教えてくれた。蓮池さんもタツオ君が出版美術についての詳しい知識を持っていることを喜んでくれたようだ。話ははずみ、帰る頃にはすっかり暗くなっていた。


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