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暗黒の二年間 36 [音楽]

翌日は休みだった。良く晴れた日で、山間部のこの地域も小春日和のような暖かさに包まれていた。しかし昨日の不意の出来事が、タツオ君を深刻にさせていた…。



「マコ…、僕は少しおかしいのかな…?」タツオ君はダイニングテーブルの前に座ったまま、そう切り出した。マコさんは洗い物をしていた手をとめて向かいに座ると、タツオ君から、記憶をなくしたらしいという内容の話を聞いた。
「普通じゃないわね…」
「この間の鼻血のときのことも、何故覚えていないのかって言ってたよな?」
「そうなのよ…、あれだけ大騒ぎして…それも別人みたいに…」
「そうか…」
「一度病院に行きましょう?」
「その方がいいのかな…いろんな人に迷惑をかけているみたいだし…」
「…私も一緒に行くから」
「いいよ、一人で行くよ」
「だめよ、記憶をなくしている間のことをうまく説明できないでしょう?」
「…それもそうか…」

そして結局、脳神経科を受診することに決めたため、その日のうちにマコさんが予約を取った。

翌日も会社を休み、マコさんに付き添われて、僕たちは県立の総合病院の門をくぐった。後でわかるのだが、これが本当の最悪の始まりだったのだ。僕は必死でこの状況を阻止しようとしていたが、そういう時に限って一切タツオ君の意識の柵を飛び越えることはかなわず、ただ成り行きに任せるより他なかったのである。


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暗黒の二年間 35 [音楽]

包装のやり直しを指示し、自身もラインを手伝い、ようやく事務所へ帰ってみると、部長がデスクワークから顔をあげて言った。

「今回のことはお前に全責任がある。何しろお前が上司なんだからな」
「はい。申し訳ありませんでした」
状況が分からないタツオ君は結局、詫びる以外に方法がなかった。いや、状況が分かっていたとしても、他に方法はなかっただろう。現場主任が電話で資材使用の許可を取っていたことは、周囲の者の証言で明らかだった。そしてそれは事実だ。問題は全て、それがタツオ君の記憶にないという点にあるが、だれもそんなことを信用する筈がなかった。
「ロスした資材の追加発注はしなくて大丈夫なのか?」
「明日の朝までに発注しておくよう、指示しました」
「そうか、実質的な損害を与えたんだからな、今日中に始末書と対策書を提出しろよ」
「わかりました」



何がどう分かったというのだろう?始末書に「記憶をなくしたため」と書き、対策には「今後、「脳力トレーニングに励みます」とでも書けばよいのか?タツオ君は悩んだ。しかし、先日の「鼻血」の時の一件を思い出し、自分自身を疑い始めていたのであった。

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暗黒の二年間 34 [音楽]

その日の午後四時ごろだった、またも僕たちの社内PHSがけたたましく鳴った。表示を見るとそれは直属の上司からだった。
「はい」
「おい!何故現場に勝手やらしておくんだ!」開口一番の怒声である。
「勝手とは何をですか?」
「何をとぼけたこと言ってるんだよ。新商品の包装には必ずお前が立ち会えと言ったはずだろう?」
「えっ?もう包装してるんですか?」
「やってるも何も、お前が許可したらしいじゃないか」
「許可なんかしてません」
「いいから来い!」
僕たちは現場に呼びだされた。どうやらさっきの僕の咄嗟の対応がまずかったらしいのだ。



行ってみると包装ラインでは、すでに仕上がった製品のコンテナが山積みになっていた。
「これを見ろ」部長が仁王立ちして腕を組んだまま、あごで製品の方を指した。
僕たちは製品を手にとって眺めた。
「あ!製品をさかさまに箱詰めしてますね…、まさかこれ全部ですか?」
「そうだ、人件費と外包装資材含めてざっと10万円のロスだ」
「このまま出荷というわけには行かないですよね…」
「馬鹿野郎!うちのブランドをなめてるのか!」
(まずいことになった…せめてタツオ君が大人しく引き下がってくれればよいのだが…)
そう思っていた矢先だった。
「おい!現場責任者!」タツオ君が叫び声をあげた。昼休みに僕が対応したあの主任が仏頂面で歩いてきた。
「おれがいつ新商品の包装を勝手にやれと言った?」タツオ君が詰問する。
「はあ!?やっていいって言ったじゃないですか、さっき電話した時に!ふざけるのもいい加減にしてくださいよ!」現場主任は激怒した。これは当然だ。
「電話など受けてないぞ」
「電話で話したじゃないですか、課長が変な調子だったから、二日酔いですか?って聞いたら、そうだって言って、それから資材勝手に持って行けって言ったんですよ?」
「何の話だか?」
「ちょっと!部長の前だからってとぼけるのもいい加減にしてくださいよ!頭おかしくなったんじゃないですか?」主任は顔を真っ赤にして怒っている。
「ずいぶん失礼なことを言ってくれるな。知らないものを知らないと言っているだけだが?」
「ふざけんな!!」そう言い捨てて主任はつかつかとラインへ戻っていった。
いかにしてこの状況の原因をタツオ君に伝えればよいのか、アクセス不能な現段階において、僕には為すすべがなかった。


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暗黒の二年間 33 [音楽]

2009年12月、たび重なる人格の相互入れ替わりのため、僕は緊張した日々を送っていた。むろんタツオ君と入れ替わってもうまく身体を動かせず、そのまま眠りに就くようにしていたのだが、その日は最悪のタイミングでそれが起こってしまったのだ。



タツオ君は午後二時も回ったころ、会社の食堂で遅い昼食をとっていた。満腹感が訪れると眠くなるものだが、ここのところ夜中に僕がタツオ君の身体を支配してしまうという、トラブルのせいで、疲れがとれないのだ。無理もないことだった。それに昼休みに公然と眠って何かいけないという理由があるだろうか、普通ならば。しかし僕たちは眠るとまずい理由があったのだ。タツオ君はそのことを知らない。
(まずいな、こんなところで眠って…あれが起こらなければ良いのだけど…)
ところがそれは起こってしまった。僕が意識の表側に引っ張り出されてしまったのだ。
それから10分、20分…、タツオ君は精神を閉塞させたままだ…。
そこへけたたましく、僕たちが所有している社内PHSが鳴り響いた。
(頼む、タツオ君起きてくれ…!)
どうしたものか、僕は迷った。ここ数カ月のタツオ君との勤務で、仕事の流れは分かっていた。僕はコントロールし難い手が震えるのもかまわず、思い切って通話に出た。
「は…はい、お待たせしました」
「あ、課長すみません。新フレーバーに使う新しい包装資材なんですが、もう入荷してるんですか?」
現場の主任からだった。無難な内容だ…。
「あ…ああ、け…今朝で全部入荷を確認した。い…いつでも始めてくれ」
「わかりました。何か俺、悪いタイミングで電話しちゃいました?様子が変ですよ」
「べ…べつに…」
「何かやっぱ変だな。二日酔いですか?」
「まあ…そんなところ…」
「ハハハ、そうですか。じゃあ倉庫から勝手に持ってってもいいですか?」
「ああ…そうしてくれるかな…?」
「了解です、ありがとうございます」
それきり通話は切れた。ほっとした瞬間、急に眠気が襲ってきた。そして僕はまた、例の仮想空間である小部屋の中に目覚めた。
(あぶないところだった、しかしタツオ君にメモを残すのだった…、その手があったのになぜ思いつかなかったのだろう?しかし震える手で、うまく字が書けるだろうか…?)

そしてタツオ君の方が目覚めると、まるで何ごともなかったように仕事に戻った。
しかし、このことがきっかけで、僕たちはさらなる窮地に追い込まれてゆくのだった。

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暗黒の二年間 32 [音楽]

2009年も師走に入ると、社内の状況も戦々恐々としてきた。僕たちは、というよりタツオ君は、毎年のこの空気が嫌いだった。さまざまな部署から応援の要請が来るからだ。タツオ君が常に他の二倍の仕事を抱えているにも関わらず、だ。彼らはそんなことはお構いなしにやってくる。通常タツオ君が難しい仕事を引き受けているおかげで楽に勤務している人間までも。そういった「この時ばかりは特別」という風潮を逆手に取っておいて、「当然」という顔をしても良い、と公認された季節なのだ。

依頼のイラストは終えていたが、僕は不安だった。タツオ君の記憶にはないことだが、無理をすればまたあの状況に陥るのではなかろうか?




その晩のことだった。就寝後、真夜中に目をあけるとタツオ君の寝室だった。しまった、また僕の方が表面に浮上しているのか…。試みにベッドの上で半身を起してみようとした。ところが身体が動かない。タツオ君はまた精神を閉塞させてしまっているようだが、僕の方は肉体を支配しきれないという状況らしい。一種の半覚醒状態で、ぼくはタツオ君の目だけを動かして寝室内を見まわしていた。すると動かせない足のほうから何かが這い上ってくる。見るとアメリカのホラー映画に出てくる、悪魔憑きのような顔つきをした女が、僕を見つめながら、もう目前まで迫ってきているのだ。以前タツオ君が言っていた幽霊とはこの女のことなのだろうか? 恐ろしさに身もすくむ思いだったが、半覚醒状態では物質界と霊界の両方を見ることができるのだ、ということを思い出して、とにかく声を振り絞った。タツオ君が金縛りを解くときに使っていた方法だ。

果たして金縛りは解け、悪魔憑きの少女は姿を消していた。こうして僕はまたタツオ君の肉体を支配する側に来てしまったが、今度は下手に動きまわるのだけは避けた。そして再び眠りが訪れるのを待った。そしてこちらの世界で眠ると、今度はタツオ君の意識下にある僕の領域(小部屋と呼んでいる)のベッドの上で目覚めた。戻ったのだった。その日は恐ろしい幽霊に出会っただけで済んだのだが、この後事態は悪化の一途をたどっていった。


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暗黒の二年間 31 [音楽]

気がつくとそこは、ここのところ住みなれた、タツオ君の意識下の小部屋だった。窓の外には草原が広がり、暖かな陽射しが照りつけ、爽やかな風が吹いていた。
(そうか…タツオ君の意識が再び開いたのだろうか?)
僕は部屋の中央にあるコンピュータのモニタを覗いた。これはタツオ君と僕との以前からの取り決めで、外界と交信するときはこの精密な仮想空間にあるパーソナルコンピュータを使うことになっていたためだ。
コンピュータからはタツオ君がマコさんと何かしゃべっている声が聞こえてきた。モニタにはタツオ君が見ているマコさんが映っている。
「タツオ君、タツオ君って叫ぶんですもの、気が狂ったのかと思ったわよ」
「すまないが、まったく覚えてないんだ…」
「あれだけ大騒ぎして、鼻血まで出して、覚えていないって言うの?」
「鼻血?」そう言ってタツオ君は自分の鼻をさわった。
やはり思ったとおりだった。僕が全面に出ている間の記憶が、タツオ君にはないのだ。
「それに私のことをマコさん、って呼んだわ。まるでピーチみたいに…」
「ピーチみたい…?」
タツオ君に事の顛末を説明してあげたかった。しかしそれが出来るのは少なくともあと一カ月を要する…。しかしタツオ君も、もしやウィークインが失敗したのではないだろうか、という不安を抱きはじめていたのだ…。



そして同種の異変は、僕たちの不安をよそにこの後も続いたのだった。

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暗黒の二年間 30 [音楽]

それは地球人女性の出産にたとえるなら、一種の「早産」とも言える事態だった。


Tom Petty - Learning To Fly 投稿者 samithemenace

イラスト原稿の入稿を終えた僕たちは、会社で残業後の徹夜という凄まじいスケジュールの後で疲れ切っていた。寝室に入ると気絶するように倒れ込んだ。異変が起こったのはその時だった。
例えようもない、制御できない力によって僕はタツオ君の意識下にある静かな小部屋のようなところから、無理やり吸い出されるような状態に陥り、どう意識を集中してもそこにとどまることが出来なくなってしまった。タツオ君の精神があまりの消耗のため、一種の自己閉塞状態になってしまったためだ。こういうときに脳と神経系は、手近にある魂ならば何でも利用してしまうように出来ている。生存本能なのだ。古来よりよくある狐憑きなどの憑依現象は、このために起こる異常現象なのだ。だがこの場合は違った。一番手近にいたのが僕だったからだ。そして適切なコントロールが出来ないまま、僕はタツオ君の肉体の支配者となってしまったのだ。それは胎児が発育不全のままこの世に生まれてきてしまったのと同じ状態といえた。

状況を把握した僕は、ほとんど恐慌に近い状態に陥った。
「タツオ君!タツオ君!目を覚ましてくれ!」
僕は叫んだ。閉塞したタツオ君の意識にアクセスするだけなのに、声に出してそう叫んでしまった。急に立ち上がり、足をもつれさせて近くにあった家具に顔面をぶつけてしまった。激痛が走った。
(まずいぞ、これは…最高にまずい…)
「タツオ君!タツオ君!」僕は尚も大声で叫んでしまった。
台所で朝食を作っていたマコさんが、何ごとかと走って来た。状況を見るなり顔色を変えたマコさんは、「鼻血!どうしたっていうの?」そう言いながら僕を再度床に就かせた。ティッシュペーパーで血を拭ってくれるのだが、止まらないらしく、それが鮮烈な赤色の山を形作ってゆくのだ。
「マ、マコさん…!!まずいんだ…、タツオ君が…タツオ君が…」
「何を言っているの!タツオさんはあなたでしょう?」マコさんの声が震えているのが分かった。あきらかに異常なこの状況を、一体どこの地球人が理解し得よう?
「おとうちゃんどうしたの?」
マコさんの背後からサキちゃんとサトくんも心配そうに顔のぞかせた。しかしその時の僕は、子供たちにさえ掛けてあげる言葉が見当たらなかった。

そしてマコさんに付き添われて休むうちに、耐えがたい睡魔が襲ってきた。眠っている場合ではないというのに、信じがたいほどの猛烈な眠気なのだ。そして意識は何者かに吸い込まれるかのように遠のいていった。

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暗黒の二年間 29 [音楽]

僕の宿主であるタツオ君は、一種の責任感から、日頃会社でも人一倍仕事を抱え込む質だった。そして性格からそれを完璧にやり遂げなければ気が済まない面もあった。そして周囲はそれをよく知っており、信頼をおいていた。すでに退職を決めてはいたが、そう簡単に辞めさせてもらえない理由もひとつにはそこにあったのだ。そして季節は2009年の晩秋、十一月も終わろうというところまで来てしまっていた。



「辞めて家族は一体どうするんだよ?」
タツオ君の直属の上司である人物が言う。
「貯えがありますし、次にやる仕事もとっかかりがつかめているから大丈夫です」
「ああ、あの、絵を描いて独立するとかってやつだろう?まだそんなたわごとを言っているのか?」
「はあ…」
「賛成できんな、全然。今の給料でどうして満足できない?人事に散々交渉して、会社の規定を無視してまで上げた金額だぞ。それもこれも、お前の能力を俺が一番良く知っているからだ。それを上回る収入が得られるとでも言うのか?」
「部長、これはお金の問題ではないのです」
「金以外に何の問題がある?男は稼いでどれだけ家に金を入れられるかでその価値が決まるのだ。奥さんだってそれを望んでいるに決まっているよ」

価値観と言おうか、視点のあまりの違いに僕たちは言葉を失った。そしてこの押し問答が今後幾度となく繰り返されることとなるのだ。タツオ君はいかに価値観が食い違おうと、上司の態度を一種の愛情と考えていたので、退職に反対されているうちは、辞表をたたきつけるなどということができなかった。しかし僕たちには時間がなかった。すでにスタートしている絵の仕事もそうだったが、それ以上に問題なのは、現在表面に出ているタツオ君の人格と、背後に隠れている僕の人格とが入れ替わる時が、約一カ月後に迫っていたからだ。

乏しい時間の中で、僕たちは全く種類の異なる仕事を曲芸のようにこなさなければならなかった。そして今の時期は、そのような激務に耐えられる時期ではなかったのだ。やがてタツオ君の精神は疲弊し、ぼくはそれを固唾をのんで見守らなければならなかった。他にもさまざまに厄介な諸事情が重なり、ついにリスキーなウォークインの待機状態に異常が出始めたのだった。

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暗黒の二年間 28 [音楽]

「これは?」高倉さんが聞いてきた。
「僕が描きました」僕たちは静かに言った。
「これらを!?あなたが?」高倉さんの表情が驚きに変わってゆくのが見えた。
「ええ…いつか僕も一人で仕事がしたいと思っている口なのです」
「ううむ…」高倉さんは何度も唸るような声を発しながら、ランダムに撮影された作品に見入っていた。
「使い道のない絵なのです」
沈黙に耐えられなくなった僕たちが、思わずそうつぶやいた時だった。



「これは…、これは実に、お世辞抜きで素晴らしい作品です」
真顔で言う高倉さんの顔を見ながら、どうも氏が真剣に言ってるらしい、と僕たちは判断した。
「ありがとうございます、二十代の前半に数回開いた個展以来、一切発表という発表をしてこなかったものですから、そう言っていただけると光栄だな」
そう言いながらも、僕たちは心底うれしかった。今日ここへ来てよかった、そう思った。ところが話はそれで終わらなかったのだ。
「いや、すぐに描いてもらいたいものがあるのです」
これは予想だにしない展開だった。
「本当ですか?」驚きを声にするように僕たちは言った。もう披露宴などそっちのけで、高倉さんと僕たちは、現在高倉さんが手がけている本の、表紙絵の打ち合わせに入ってしまったのだ。結局近々にラフをメールすることになり、僕らは高倉さんのメールアドレスの入った名刺を一枚もらった。
その後も話は画家や出版業界の話など、尽きることなく、宴はあっという間のお開きとなった。僕たちは何の拍手だかも忘れて、ただ周りに合わせて手を叩いていた。

「イラストレーターをだれにするかで行き詰まっていたところだったので、今日は会えて本当によかったです」高倉さんが言った。
「いえ、こちらこそです。充分な納期を頂けましたが、僕にとっても久しぶりの仕事ですし、ラフは早めに送りますので、いろいろ注文をつけてもらえたらと思います」
「ではメール待ってますから」
そう言って高倉さんは一足先に会場を後にした。

こうして僕たちのイラストレーターとしての仕事が始まった。しかしそれはタツオ君にとっても、そして僕にとっても、単なる副業以上の重みを持っていたと同時に、その後の長期計画への幕開けともなる重要な仕事だったのである。


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暗黒の二年間 27 [音楽]

そして2009年の秋も盛りとなった十月のよく晴れた日に、僕たちはある親せき筋の結婚式に招かれていた。

[高画質で再生]

ジョージ・ウィンストン あこがれ 愛 [ネットショップ開業]

「はじめまして、高倉と申します」
披露宴の隣席に座っていた隣席の人物が、僕たちに話しかけてきた。朗々とした声の好人物に見えた。歳は僕たちよりも一回り上といったところか…。話好きな人物と見えて、僕たちは隣で退屈することがなかった。そして互いに飲み物を継ぎあったりしながら、職業の話になった。
「僕たちは…いや僕は、今はメーカー勤務で、購買をやってます。それ以前がスーパーのバイヤーだった関係もありまして」
そう僕たちは自身、つまりタツオ君の経歴を簡単にしゃべった。
「バイヤーってどこのスーパーだったんですか」
僕たちはタツオ君がかつて勤めていたスーパーの名前を言った。
「おお、すごい。一部上場企業じゃないですか。ウチも毎日のようにお世話になってます。品揃えがいいですよねえ、とくにお惣菜が最高においしい」
「ありがとうございます。…ってもう社員じゃないわけですけど」
「うん。それで今の会社?購買でしたっけ?」
「×××××ってお菓子知ってますか?」
「ええ、出先で良く買いますよ、美味しいですよね、あれのメーカーさんに?」
「ええ。でも長年仕入れ先に頭を下げられる仕事ばかりしていて、こんなんでいいのかと思っちゃいます」
「ハハハ…、いいじゃありませんか、頭を下げる方が普通で、そっちの方がずっと大変なんだから」
「すると高倉さんは何かの営業職をやられているので?」
「営業もやってました、というべきかな。印刷営業をしてました。その前は出版社でスポーツ雑誌のライターです。これが不規則でね」
「噂には聞きますが」
「結局時間があんまり不規則なのもあって、これはいかんな、と思い辞めました」
「で、その後で印刷営業をなさって、今は?」
「結局一人がいいなと思って、独立したんですよ。今はクライアントから印刷物の発注を受け、企画からデザイン、組版までする仕事です。本の装丁が多いかな」
「へえ、デザイナーさんだったんですね」
「ええ」
「実は僕も似たような仕事をしていた時期があるんですよ。これが最初の仕事らしい仕事だったんですが、広告会社で六年間、デザインやレイアウトをしてました」
「ええ?奇遇ですね!というか多才なのに驚きますね」
「いや、全部なりゆきですから」
ふと僕たちはあることに思い当った。携帯してきたデジカメの中に、タツオ君が描いた作品が沢山入っているのだった。これを目の前にいて気軽に話せるこのデザイナーに見せても良いのではないだろうか。タツオ君がそう考えているのが分かったので、僕も意識下から賛成していた(もちろんこの時点で僕の声はまだタツオ君に聞こえていない)。
「高倉さんに…ちょっと見てもらいたいものがあります」
僕たちはそう言って、手に持っていたデジカメのボタンを押しながら画像を送っていった。


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